哲学カフェ@ながおか
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「哲学カフェ@ながおか」へようこそ(新潟県長岡市)

感じる自由




考える自由




表現する自由




とは何でしょうか?




そもそも自由とは何でしょうか?






壁をつくるのも自分




ブレーキをかけるのも自分




自分の気持ちや話を聞かないのも自分




話してみませんか?




自分自身の魂の物語を




触れてみませんか?




他の人の魂の物語を




...あなたの意識の焦点はどこに合っているのでしょうか?




...あなたはどうありたいのでしょうか?





...あなたは誰ですか?


哲学対話はひとつのテーマについて、ルールの中で自由に対話する場です。気楽にまじめに対話します。


哲学対話は哲学知識が無くても誰でも気軽に参加できます。


しかし、ここ「哲学カフェ@ながおか」は『気づき』を大切に思う人たちの集いです。論理的に議論することだけを期待して参加すると、期待を裏切るでしょう。気づきは問いを考えるプロセスや自分とは異なる意見を聞いた瞬間に生まれやすいものです。そう、聞くということ、、、もしかすると、対話よりも真剣に聞くという行為そのものに日常との違いを感じるかもしれません。


当たり前を疑う問いを大切にし、日常生活ではやや話しにくいテーマについて気楽に真面目に対話する場、言葉にならない感じ方や思いをあえて言葉で表現してみようと試みる場、他人のいろいろな考え方や感じ方の違いを受け止めて気づきを得る場(得るか得ないかはもちろん自由)、


自分と他人の考え方や価値感の違いを知ると刺激になることが多いです。


この哲学対話は、心理的な安心安全空間の確保を最も大切にした上で、今まで当たり前だと思っていたような身近なことから、生老病死などの深いところまでも、気軽に自由に思考を広げて深めていきます。


日常から少し離れたリラックスできる空間で、コーヒーでも飲みながら普段はあまり話さないようなテーマについて自由気ままに話せる場があったら面白いのではと思っていました。


一人で考えるよりも他の人のいろいろな考え方を知ることによって、広く深く客観的に物事を観ることができるかもしれない、そう思っています。


例えば、自分自身も含めた組織風土をなんとかしたいと思っている方々のなんらかのヒントもあるかもしれません。


日頃の役割を一切持ち込まず、考えることと表現することだけを純粋に楽しめる、そんな空間を目指したいと思っています。


でも実際に哲学対話を楽しめるかどうか、意味のある空間に感じるかどうかはあなた次第です。この空間を作るのは私ではありません。ひとりひとりがつくります。



感じたことを言葉にする。その言葉から気づきを得てさらに感じる。それがまた言葉になる。その営みが延々と続いて言葉の限界まで連れていってくれる心の対話。


私みたいに内向的な人こそ来てほしいし、内なる自分を表現してみてほしい(^-^;


ひと言でも自分を表現できたときの開放感や満足感を味わってみませんか?



考える自由、表現する自由とその空間は、本当の意味であなたの周りにはあるでしょうか?





「ふつうの対話」と「哲学対話」のちがい


地域や職場で行なわれる議論の中身が陳腐化してしまいがちな次のような要因をさけます。


・「結論ありき」ではありません。

・「おとしどころ」を探しません。



※哲学対話が何であるかはこのあたりを読んでもらえれば分かると思います。

「哲学の練習をしよう(入不二基義)」

「考える自由の無い国(梶谷 真司)」

「子供の哲学を語る(河野哲也)」